柳 四郎の対論
本当のことを話そう・・報道しない自由を考える
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国内政治全般
Re: 日本人の道徳観と神話伝説② 2011/ 1/23 14:19 [ No.103373
senrigoma
前述の天照大神が弟の素戔嗚尊に対する寛大な反省要求に拘わらず、素戔嗚尊に反省がなく更に乱業が続き、
1・・・大神の水田の畔放アハナち・溝埋(ミゾウメ)・大嘗殿への屎麻里(クソマリ)散し・大神の忌服屋(イミハタヤ)への天斑駒(アメノブチコマ)の投入・大神の天衣縫女(アメノミソオリメ)が驚怖により織器の梭(ヒ)に陰上(ホト)衝き刺して死亡した等の事件が相次ぎました。

これらは全て耕作上の潅漑施設の破壊・禁忌侵犯の触穢行為で、祝詞に見える慣習法上の天津罪(アマツツミ)に該当します。

この共同習俗に背反した行為は、遂に高天原の神々の総意によって高天原よ
り下界に追放されます。この決定は、神集(カンツドイ)と神議(カンハカリ)によるとされます。

神話ではこうした会議を、高天原の天安河(アメノヤスカワ)の河原に八百万神を集合させ懸案の評議をさせ、その会議の議長には、思慮分別のある思兼神(オモイカネノカミ)が任ぜられています。祝詞ではそれを「天之高市(アメノタカイチ)に八百万神等(ヤオヨロズノカミタチ)を神集(カンツドイ)に集い給い、神議(カンハカリに議り給いて」と記します。

これはあくまで神話であり史実ではありませんが、神話はそれが社会に対し機能を持っていた時、当該社会の道徳律や社会規制を次代に伝授する役割を演じていました。

そうであるならば神話の核心を把握すれば、一つの事実を復原することが出来ます。素戔嗚尊の行為は共同体生活の破壊ですので、それに対する反省がないため、協同主義に反する者に対する社会全体の利益と福祉とを守るために、協同主義の立場において、平和と秩序とを害する者として、衆議を以て社会から遠ざけられたことの神話的反映です。

その罰は、追放刑としてのカムヤライ、体刑としての抜爪・断鬚、財刑としての千位置戸(チクラオキド) - 多くの物を置く台の上に多くの罪穢を祓い贖うための祓具(ハラエツモノ)を荷わせた - が科せられました。
 
このような古代日本人の間には民族性に根ざす理想から、彼等の道徳が定められ、それを守る気力が湧き、倫理観が形成され、協同一致して行動をし、適合した美しく、清く、明るい、素直な生活を営為する理想に燃えていました。

其処から日本人の深遠な生命観が生まれます。冥府の神が「一日の千人の人草をくびり殺す」と云うのに対し、創造神は「一日に千五百の産屋(ウブヤ)を建てる」と対話した神話は、人口の自然増を示唆する神話です。

この道徳は生々殖産主義観です。この道徳観の基本は神話を見ますとムス
ヒの信仰に発しています。

ムスヒは産霊であり、具体的には高皇産霊神(タカミムスビノカミ)と神魂神(カンムスヒノカミ/カモスノカミ)に分け、男女禺生(グウセイ) - 二人生るること - の神のように説かれていますが、元来はムスヒの霊能を持つ一神であり、この神の機能によって総てのものが創造されます。

生活を享楽する思考は道徳として、日本人に三つの基本的思想を植え付けました。

美しく明るい生活の追求心は「明の思想」を、清き生活の欲求は「浄の思想」を、そして真直に素直に生きる生活は「直の思想」を創り出しました。

この三つの明・浄・直の思想は日本国家に対しても、また天皇と臣君との倫理観においても、長い間その関係を支える基本的な支柱として作用して来ました。


(原執筆者:水野祐氏)


柳 四郎
1・・・大神の水田の畔放アハナち・(原執筆者:水野祐氏)

古事記で禁忌が出てくるのはここだけですね!!

良くこれを探し出しましたね・・・水野祐氏はこれ一つで・・・日本古来の道徳倫理を論じてるのですね~~

田んぼの畦を壊すな・・古事記に書かれてる道徳らしきものははこれだけです・・・!!

田んぼの畦を壊すな・・これでどうして日本古来の道徳律だと断言できますか?

古来日本には道徳と言えるようなものはない・・本居宣長の論が正しいと僕は思いますよ、

本居宣長は道・・漢字が入るまで・・人があるいたみち・・けものみち・・これ以外にみちなどと言う考えはないと!!

漢字が入ってきて初めて道・・道徳などと言うものが出来たと・・日本古来のものではないと!!

だが日本の道徳がないのは困るから古事記を読んで国学なる物を提示した・・天皇こそが日本古来の道徳だと。

水野祐氏も古事記を使う以上この論は当然熟知してるはずです。

ーーーー
その罰は、追放刑としてのカムヤライ、体刑としての抜爪・断鬚、財刑としての千位置戸(チクラオキド) - 多くの物を置く台の上に多くの罪穢を祓い贖うための祓具(ハラエツモノ)を荷わせた - が科せられました。
 -------
古事記にはない話です・・事後の刑・・意味が有りませんね。

水野祐氏の解釈で・・道徳論を作る事は勝手ですが・・解釈に過ぎません。
当時の人がこれを道徳と理解してない以上無意味ですから。


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