柳 四郎の対論
本当のことを話そう・・報道しない自由を考える
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この踏み間違えた道から戻る事が日本再生への道だと
国内政治全般
Re: mitsukuni2008 さん  2011/ 1/22 9:57 [ No.103294
senrigoma

柳 四郎
日本に「確たる基本道徳が有るのか?」・・無い・・と君は答えてるのだ。

senrigoma
国家を対象にして言うなら、必要なのは「確たる基本理念」であって、

国家に「確たる基本道徳」なんて必要ないだろう。

「確たる基本道徳」が必要なのは国家じゃなくて個人だ。

なぜなら道徳とは個人に内在し、個人に委ねられる価値観であり、多くの個人が共有する道徳の価値観が公衆道徳、社会道徳となるべきもの。

下から広がって行くべきものであり、上から押し付けられるものではない。

ただし、「確たる」に至る「道徳」なんてなかなかたどり着けるもんじゃない。

求道者の志をもって「確たる道徳」を求めるはいいが、己の道徳を確たるものと慢心するのは間違いのもと。

「確たる道徳」は概念としてのみ存在し、実在しないぐらいに考えておいたほうが身の為だ。

柳 四郎
君の結論に同意だ。
このように日本人は特定の宗教を持たない=道徳の基礎を持たない。

senrigoma
その公式が間違ってる。
日本人は特定の宗教を持たない=特定宗教に偏った道徳を持たない
が正しい公式だ。
そして、特定宗教に偏らない道徳こそ、道徳本来のあるべき姿であり、求めるべき価値観であることは言うまでもない。


柳 四郎
君の結論に同意だ。

だが聖書・コーラン・ベーダ・仏教・・・多くの国は基本宗教を持ち・・道徳の基本としてる。

日本にはどうして「国家に「確たる基本道徳」なんて必要ないだろう」となるのかを論じてるのだ。

日本にはそれらの厳しい道徳は不要だ・・と言う事に尽きる・・これが僕の結論だ。

本居宣長が日本の道徳の基本として解読した古事記をいくら読んでも・・道徳など出てこない!!

だが本居宣長はこの古事記から国学を引き出し平田 篤胤がこれを国家神道とした。

横井小楠はこれを荒唐無稽と切って捨てた。

間違いなく荒唐無稽だ。

なぜ日本に厳しい道徳が不要なのか?

豊かだからだ・・・荒れ野にさまよう聖書の民・・厳しい掟道徳がなければ生きてはいけない。

だが豊葦原瑞穂国・・蓬莱峡に厳しい掟道徳など不要だ・・豊かな水と緑の中・・生きる事は簡単だ。

お天道様と米の飯は何処にでも附いて来る・・これが豊かな日本だ・・だが明治以降西洋の合理主義=不合理を取り入れて・・自然を収奪してしまった・・豊かな水と緑が破壊され・・・豊葦原瑞穂国・・蓬莱峡は生きるには困難な貧困な国に成ってしまった。

この踏み間違えた道から戻る事が日本再生への道だと僕は話してる。
senrigoma
転載を禁じます(爆)

柳 四郎
僕の好き勝手に転載します(爆)



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